楽器で楽しむ!楽器の魅力を大特集

ピアノが弾けるようになりたくて

小学校の頃に通っていた学校がわりとお嬢様ばかりの学校だったので、クラスの半数以上が幼稚園からピアノを習っていました。
私は他の人たちよりかなり遅く小学校5年生から始めたのですが、なかなか上手くならない自分にイライラして練習はかなりさぼりがちでした。
なんといっても、先生がクラスメイトのお母さんだったので、行くたびにクラスメイトに「まだこんな簡単なの弾いてるの?」とバカにされるのが本当に嫌でした。

 

中学はバスケットボール部だったので、部活動の忙しさもありいつの間にかピアノ教室へは行かなくなり、1年の時にピアノをやめてしまいました。
ピアノを弾ければかっこいい程度の考えだったので特別未練はなく、立派な黒塗りのピアノはただの置物と化していました。
中学2年の秋、父が亡くなりました。

 

葬儀の夜母に「お父さん、あんたがピアノを弾くのをすごく楽しみにしていたよ。
少しうまくなったとか、この間より弾けるようになってるな。
っていつも言っていたよ。

 

」と言われ、涙が止まりませんでした。
翌日、久しぶり弾いたピアノは、私が弾かなくなってからもきちんと調律されていて、ピカピカに磨かれていました。
その姿はまるで、「待ってたよ」と言っているようでした。

 

ピアノはその後、幼稚園の先生になるために専門学校へ入る知人へ譲りましたので今はもうありません。
それでも時々、ふとピアノを弾きたくなり、楽器店などで鍵盤をなぞったりしています。
残念ながら今の私には高額すぎて優先順位をあげてまでピアノを購入する余裕はありません。

 

でもいつかそんなに立派じゃなくても、家にピアノを置いて、父が好きだった曲を弾きたいと今でもそう思っています。
ピアノの査定

 

 

私がピアノを習い始めたのは3歳。
通っていた保育園内のピアノ教室でした。
両親は手に職を、との思いで習わせてくれていました。

 

小学校4年生の時にグランドピアノを買ってくれました。
と同時に「音大へ」と強く勧められるように。
その頃から段々と練習が苦痛になってきてしまいました。

 

中学へ入学し運動部に入部したかったのですが、突き指などしてピアノが弾けなくなってはいけないと親に言われ、半ば強制的に吹奏楽部へ。
何度かピアノを辞めたいと親に訴えましたが、受け入れられず、結局そのまま親の希望通りに音大へ進みました。
入学してみて分かったことは、みんな高校の頃から音楽学校へ通っていたという事。

 

ソルフェージュの授業は最初から何が何だか分からなく、すぐに挫折。
個人レッスンを受けていた教授の教室にも入れず、結局半年で退学してしまいました。
その後はピアノを弾くこともなく過ごしていましたが、子供が通う小学校で絵本の読み聞かせのボランティアを始めたころ、BGMで何か弾いてほしいと言われました。

 

それをきっかけに今は頼まれて譜面を起こしたり、コーラスの伴奏をしたりしています。
三つ子の魂百までと言いますが、本当にその通りだと思いました。
長年弾いていなくても、暫くすると感覚が戻ってくるんです。

 

現役時代のように難しい曲は弾けませんが・・・音大を出て音楽教師に、という両親の願いを叶えることはできませんでしたが、母が勤務する介護施設でおじいちゃんおばあちゃんの歌に合わせて伴奏している今は とても幸せです。

 

続きを読む≫ 2015/03/18 13:40:18 楽器の魅力

ホルンに出会ったのは小学4年生の時。
友達に誘われ吹奏楽部に入部しました。
入部すると第三希望まで吹きたい楽器を紙に書き提出。

 

友達と全く同じ希望楽器を紙に書きましが、決まった楽器は友達は第一希望だったクラリネットで私は第二希望だったホルンでした。
少し納得がいかないながらも、そこではじめてホルンと出会うことになります。
ちなみ第三希望は名前の響きだけで決めた「ユーフォニウム」でした。

 

最初は戸惑いながら吹き始めたホルンも、上達していくことでホルンの音色に惹かれていき、中学も高校もホルンを希望し吹くことができました。
ホルンは知らない人に伝えるならば「クルクルしたカタツムリ型」というと大抵の人はわかると思います。
クルクルした分、管が長くなっていてホルンは吹くにはなかなか難しいとも言われています。

 

しかし難しい分やわらかな音色と吠えるような音を出すことができたり、ピストンや口の位置だけでなくベルの中に置く手の位置でも微妙に音の高い低いを調節できる奥深い楽器でもあります。
ホルンを吹いていた時期で一番楽しく吹けたのは中学生の時だったような気がします。
小学生の時はメロフォンからフレンチホルンに変わり、高校ではシングルからダブルに変わりなどその度に微妙に吹き方を変えなければならなかったけど、中学ではF管のシングルホルンのみで3年間吹くことができたし、メンバーの半分は小学生の頃からのメンバーだったので楽しく吹けていたように思えます。

 

高校は色々吹き方にも悩むようになってきて心から楽しめたかというと、ちょっと違う感じもしますが、その分やったことがない有名な曲を演奏できたのは良い経験になりました。
いつかまたできたらホルンを吹いてみたいなって思っています。

 

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:49:09 楽器の魅力

中学生の頃、フォークソングに夢中になった。
今で言うところのニューミュージック。
それまで歌手と演奏者はたいてい別々だったから、自分で作った歌を自分で演奏して歌う彼らの姿は、私にはめちゃくちゃかっこよく見えたのだ。

 

中学1年か2年の時だったと思う、自分のおこづかいでギターを買った。
親はいい顔をしなかったが、拝み倒して了承させた。
楽器店に足を踏み入れた時、そこにズラリと並んだギターのお出迎えに、自分が何だか少し大人になったような気がしてドキドキしたものだ。

 

私の買えるギターと言ったら安い方から2,3番目ぐらいのやつだったけれど、それでもそれを抱きかかえるようにして、飛び跳ねるように帰ったことを覚えている。
次の日からギター雑誌と首っ引きで、ギターの練習だ。
訳知り顔で、「このコードは弾けるようになったよ。

 

こっちのコードは難しくてね」などと、友達や親に吹聴していた。
今思うと恥ずかしくて穴があったら入りたいが、反面当時の自分を抱きしめたいような、懐かしさを感じる。
あんな風に目を輝かして、新しい世界の扉を開けるときめきを、今は中々感じることが出来ない。

 

結局というか当たり前というかギターはモノにならず、いつの間にかどこかにいってしまったが、それでも私にとっては懐かしい思い出である。

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:48:09 楽器の魅力

最初にピアノを始めたのは、3歳の頃です。
母の姉がピアノ教室を開いていて、教えてもらいに行きました。
最初は、ピアノは買ってもらえず、おもちゃのピアノから始まりました。

 

一日中練習曲以外の曲を弾いていました。
そして、両親がピアノは届かない金額なので、結構高価なオルガンを買ってくれました。
ペダルが二つ付いているオルガンです。

 

うれしくてうれしくて毎日弾いていました。
ピアノは買ってもらえませんでしたが。
そして、出会いは当時阪急ブレーブスという球団があったのですが、そこのメイン球場である西宮球場のエレクトーンボックスです。

 

観客席にガラス張りのケースのような中にエレクトーンとお姉さんが居ました。
エレクトーンは白くて三段鍵盤があり、とても素敵でカッコよく見えました。
母の姉もエレクトーンを教えていましたが、ある程度教えてもらった所で、本格的にYAMAHAに通う方がいいと言われて、YAMAHAに通い出し、40万のエレクトーンを買ってもらいました。

 

毎日毎日練習はするのもの、グレードを受けるのが嫌で、好きな曲を弾き続け、YAMAHAではなく地元の有名な先生の所へ習いに行きました。
他の楽器も使ってバンド形式の練習もあり、楽しくて高校を卒業しても通い続けました。
社会人になって、新型が欲しくて、65万円のローンを組んで新しいエレクトーンを買いましたが、これを買ってからエレクトーンを弾かなくなってしまいました。

 

様々な事が忙しくなり弾いている時間が無く、気がつけば埃だらけでした。
本屋で見かける楽譜は買い続け、時々弾いていましたが、結婚をして転勤をしてエレクトーンは今、手元にはありませんが、今は、子供がピアノを始めたいと言うので、キーボードでも買おうかなと思っています。

 

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:36:09 楽器の魅力

大学生時代に、当時流行っていたバンドブームにのってもれなく私もバンドを組みました。
担当楽器はドラムです。
本当はギターやベースをやりたかったのですが、手が小さいやら不器用やらで上達が見込めなそうだったので、諦めました。

 

また、小学生までエレクトーンを習っていたので、手足同時に動かすドラムはとっかかりがいいと思ったのもきっかけです。
初めは大学のサークルでバンドを組み、ミスチルの曲を新入生発表会でやりました。
右も左もわからない私にとってたった一曲をやるだけでも本当に苦労しました。

 

まず練習です。
楽器のある部室は大学から車で10分くらい離れた場所にあってなかなか行けなかったので、家で自主練をしました。
といっても、電子ドラムが家にあるわけでもなく本を積み上げその上にざぶとんを置きCDを流しながらそれに合わせて叩くというアナログな練習です。

 

最初はスティックの握り加減もわからなかったり慣れていないせいで手にマメがたくさん出来ました。
そのうち先輩にコツを教えてもらったりしてなんとか形になっていきました。
そんな私の初めての学校内でのライブは、ひとまず滞りなく演奏を終えることができました。

 

新入生の初めてのバンドなので聴いている学生もあたたかい目で見てくれていたと思います。
自分自身は技術の無さとはウラハラにとても快感だったのを覚えています。
すべての音が合わさったときの気持ち良さ、バンドを自分のドラムでリードしている心地よさ・・・そして失敗できないというプレッシャーも含め。

 

その後サークルを辞め雑誌などの募集で新たにバンドを組んで活動した青春時代でしたが、最初のあのなんともいえない気持ち良さはいまだに覚えています。

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:36:09 楽器の魅力

大学に入学して数カ月した時、夢の中に急にバイオリンが出てきました。
無性にどうしても演奏してみたくなり、昔ピアノを習っていて楽譜を読めたこともあり、楽器を買うために奔走しました。
バイトして貯めたお金と、親に頼みこんで出してもらったお金。

 

合計30万を握りしめて楽器屋さんに買いに行ったものです。
緊張して震えました。
 おまけにつけてもらった安物のケースに入れて、毎日のように大学の交響楽団の練習にあけくれました。

 

家でも毎日2〜4時間は練習していました。
最初のうちはひどい音で、飼い猫が逃げて行きました。
大学から楽器を始めた自分は、幼少期から始めたほかの団員についていくのが精いっぱい。

 

交響曲に早く参加できるよう、通学の間はCDプレイヤーで曲を聴きながらスコアとにらめっこ。
スコアの上で左手を動かしてエアーバイオリンです。
周りの音を聞きながら、自分の音も聴いて合奏していく余裕はまだまだありませんでしたが、がむしゃらに練習し、音楽を聴きまくった学生時代は貴重な思い出です。

 

 学生の街、京都だったのでバイオリンを通して他大学の学生たちともたくさんの一発オケに出演して楽しかったです。
今は、子育て中なので楽器は押入れの奥の方でおとなしくしていますが。

 

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:35:09 楽器の魅力

たまたま近所の家からバイオリンの音色が聴こえてきて、そのお宅へ伺ってバイオリンを教えてくれないかと私の母が頼んだのが、私がバイオリンを習い始めたきっかけでした。
その当時私は4歳で、それ以来15年近くその先生に習い続け、海外転職した時も結婚して海外へ引越した時も、いつもバイオリンだけは大事に持ち運び弾き続けてきました。
バイオリンは唯一私がずっと続けてきた趣味でもあり、自分の結婚式の時も恥ずかしながら披露することにしました。

 

少人数のアットホームな披露宴だったため、雰囲気に合う曲ということで「タイスの瞑想曲」を弾くことにしました。
この曲は私も大好きで思い出の深い曲だったので披露宴前日まで練習しました。
当日は少し緊張したけれども、両親や親戚の前でウェディングドレスを着て曲を披露することが出来ました。

 

ウェディングドレスでバイオリンを弾いている自分の姿を写真で見た時、思い切って弾いてみて本当に良かったなと改めて思いました。
そしてこれは私の一生の思い出となりました。

 

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:34:09 楽器の魅力

ピアノを幼少の頃から10年ほどやっていました。
小学校3、4年の時の担任の先生が音楽の授業の時、伴奏を任せてくれました。
とくに目立つわけでもなく、人前で歌うのが嫌だったのでとても助かりました。

 

授業だけでなく演劇などでもセリフを言う役は苦手だったので演奏を担当しました。
卒業式でも演奏させてもらいました。
勉強も特別出来るわけではなかったけど音楽の成績だけは良かったです。

 

きっともっと上手い人は沢山いたかもしれないけど、目立たず静かで自信のない私に唯一自信を持たせてくれた先生には感謝してます。
そしてピアノが弾けると言う事は全ての音楽に繋がります。
中学へ行って別の楽器をするようになったが楽譜はよめるので上達も早いです。

 

歌う事もあまり好きではなかったけどカラオケが盛んになり、いまでは歌う事は好きになりました。
音感ができているので歌も覚えるのは早いです。
流れた曲を譜面なしで弾けたり、伴奏をつけたりできます。

 

ピアノは私に自信を与えてくれ、そして人生を豊かにしてくれた楽器です。

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:33:09 楽器の魅力

中学時代、吹奏楽部でクラリネットを吹いていました。
それまで楽器経験は皆無でしたが、「楽譜が読めなくても大丈夫」という宣伝に惹かれて入部しました。
クラリネットを選んだのは、音色と独特の形が好きだったからです。

 

最初はエスクラリネットを吹いていましたが、B♭クラリネットを吹く部員が足りないということで、1年生の秋頃からB♭クラリネットを吹くようになりました。
退部までの三年間、それなりに真面目に練習しましたが、ついに楽譜を読めるようにはなりませんでした。
リズム感が全くなかったので、音楽の得意な後輩に教えてもらうこともよくありました。

 

当然、同期の中でぶっちぎり下手でした。
それでも、吹奏楽部での日々はいい思い出です。
クラリネットのメンバーでアンサンブルコンテストに出場したり、ニューイヤーコンサートでソロを任せてもらったりもしました。

 

大切な友人ができましたし、ひとつのことに打ち込んだ経験は今に生きていると感じています。

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:32:09 楽器の魅力

僕の母が保育士さんだったため、僕の家にはピアノがあり、なぜか、僕の部屋にピアノを置いていました。
そのため、いつかピアノを弾きたいと思っていたのですが、なかなか始めるきっかけがないなか、学生時代に大人のためのピアノのような本を買ってきて、独学でピアノを始めました。
最初は、うまく弾けなかったのですが、1ヶ月くらい毎日、30分以上練習し続けると、家族が聞いても何の曲が弾いているかわかるくらいまでに上達しました。

 

そのときに、最も練習した曲がベートーヴェンの作曲した「エリーゼのために」にでした。
この曲は、小学生の音楽の授業のときに、音楽の先生が授業を始める合図として弾いていたため、何とか僕も自身も下手なりに弾いてみたいと思い、努力を続けました。

 

最終的には、楽譜も見ないでどの音をいつ・どれくらい出すがすべて暗記して、弾くことができました。
今はおそらく弾けなくなっていると思いますが、時間があれば、またピアノに挑戦したいと思っています。

 

 

 

続きを読む≫ 2015/03/09 15:15:09 楽器の魅力

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